「明日、行かないの?」と聞かれて「はい」と答えたとき、その「はい」は「行く」という意図で言ったのでしょうか、それとも「行かない」という意図で言ったのでしょうか。日本語の感覚なら「はい=行かない」。ところが英語で同じやりとりをすると、Yes は「行く」を意味します。同じ「肯定のことば」なのに、指しているものが逆──否定疑問文への答え方は、言語によって「型」が違うのです。

前回の記事では、「まちがいないですか?」という否定疑問文を問いかける側の処理を扱いました。今回はその続編として、答える側の話。日本語と英語の応答体系の違いを言語学の類型研究から整理し、少年漫画がこの構造を正面から描いた珍しい一場面にも触れつつ、手話と手話通訳ではどう処理するかまでつなげます。

1. 「はい」は何に対する「はい」なのか──日本語の型

日本語の「はい/いいえ」は、多くの場合、相手の発話が前提としている考えに対する同意・不同意を表します。「行かないの?」という問いの前提は「あなたは行かない(のではないか)」。だから、その前提が当たっていれば「はい、行きません」、外れていれば「いいえ、行きます」となります。答えの中身が否定文(行きません)でも、前提に同意するなら「はい」から始まる──これが日本語の基本の型です。

日本語学の研究でも、この点は繰り返し指摘されています。名古屋大学の紀要論文は、「はい」「いいえ」が答えの内容そのものではなく「相手の質問が前提とする考え」への肯否を表すために、同じ後続発話(「行きません」)にどちらも付き得ることを分析しています。また千葉大学の研究紀要は、この違いを「日本語は相手の気持ちに対して答え、英語は事実に即して答える」と要約しています。

だからこそ、日本語では否定疑問文への「はい」だけの返事は情報が足りません。「寒くないの?」──「はい」。これでは寒いのか寒くないのか、聞き手は相手の前提の読み方しだいで迷子になります。日常会話で私たちが無意識に「はい、寒くないです」と命題まで言い足すのは、この足りなさを補うためです。

2. 英語は逆──Yes/Noは「自分の答え」に付く

英語の Yes/No は、相手の前提ではなく自分の答えの極性(肯定文か否定文か)に一致させます。“Aren’t you going?”(行かないの?)に対して、行くなら答えは肯定文 “I am going.” だから Yes。行かないなら否定文 “I’m not going.” だから No。質問が否定形かどうかは、答えの Yes/No に影響しません。

つまり英語には、日本語の「はい、行きません」に当たる “Yes, I’m not.” という形が原則として存在しないのです。日本語話者が英語の否定疑問文に Yes と答えて意図と逆に伝わる──英語学習の定番のつまずきは、単語の知識ではなく、この型の違いから来ています。

整理:日本語=「あなたの想定、合ってるよ/違うよ」とまず伝える同意型。英語=「私の答えはこうだ」を Yes/No に乗せる極性型。どちらが論理的という話ではなく、何を基準に「はい/いいえ」を決めるかの設計が違うだけです。

3. 世界の言語はどちら?──そして漫画のワンシーン

この2つの型は、言語学では応答体系の類型として研究されています。プロソディとジェスチャーの類型研究(Frontiers in Psychology, 2015)では、英語やカタルーニャ語は極性型(polarity-based)、日本語・中国語・広東語は同意型(truth-based)に分類され、ロシア語のように両方の戦略が混ざる言語もあることが報告されています。同時にこの研究は、二分法は単純化であり、実際の言語は文脈によって混合的にふるまうことも示しています──日本語でも「いいえ、行きますよ」と極性型ふうに答える場面はありますよね。

「行かないの?」 / “Aren’t you going?” 日本語:同意型 「はい」=あなたの想定に同意 はい → 行かない いいえ → 行く 英語:極性型 Yes/No=自分の答えの肯否 Yes → 行く No → 行かない 同じ「はい/Yes」でも、指しているものが逆になる
否定疑問文への応答:日本語(同意型)と英語(極性型)の対比(型の分類は Frontiers in Psychology 2015 による)

この構造、実は少年漫画が正面から描いたことがあります。冨樫義博『HUNTER×HUNTER』第39巻(集英社、2026年)の第407話。登場人物のモレナとボークセンがカードゲームの勝負を始める前に、「否定疑問形に対する回答形式のすりあわせ」を行うのです。作中には「やっていませんか?」という問いに「はい、やっていません」と答える民族──相手を主体として考え、「貴方の問いは正しい」という意味合いを込めてまず「はい」と答える──が登場し、混乱を避けるために事前の確認が大切だ、と語られます。まさに同意型の応答をめぐる説明そのもので、応答体系のすりあわせという地味な言語学の話題を勝負の駆け引きに組み込んでみせた、めずらしい場面です。娯楽作品を読んでいて言語類型論に出会うとは思わないので、思わず膝を打ちました。

4. 手話では──うなずき・首振りは何を肯定するか

表記について:前回の記事と同じく、手話の単語を行くのような塗りラベルで、同時に乗せる表情・首の動きなど(NMM:非手指標識)をうなずきのような点線ラベルで表します。

手話の応答では、うなずき首振りが「はい/いいえ」に近い役割を担います。ここで興味深いのは、うなずきや首振りだけの応答には、音声日本語の「はい」だけの返事と同じ前提のズレの余地が残り得るという点です。行くない?と聞かれてうなずいたとき、それは「行かないことへの同意」なのか──受け手の読みに委ねる部分が出てきます。

だからこそ、実際のやりとりでは命題の再表出が効きます。うなずきだけで終えず、行くない(行きません)、あるいは行く(行きます)と、答えの中身そのものを手で示す。こうすれば、相手の前提をどう読んだかに関係なく、答えは一意に伝わります。前回の記事で見た「日本手話は否定の担い手が語彙レベルで分かれる」という性質が、ここでも効いてくるわけです。

5. 通訳のコツ──「はい/いいえ」を訳さず、命題で返す

ここまでを通訳の実務に落とすと、コツは3つに整理できます。

  1. 「はい/いいえ」を機械的に写像しない──日本語の「はい」をそのままうなずきや Yes に、うなずきをそのまま「はい」に変換すると、否定疑問文がからんだ瞬間に、行き違いの事故になります。「はい/いいえ」は言語ごとに指すものが違う、という前提を常に持っておく。
  2. できれば質問の側を肯定形に開く──「行かないのですか?」を行く疑問の表情(行きますか?)と開いて通訳すれば、答えのうなずき/首振りはそのまま「行く/行かない」に対応し、ズレの入り込む余地が消えます。前回の記事の定石「肯定形への変換」は、実は答えやすさの設計でもあるのです。
  3. 答えは命題で返す──ろう者のうなずきを音声日本語にするとき、「はい」ではなく「はい、行きません」と命題まで開いて訳す。逆方向も同じで、聴者の「はい」をうなずき行くないと命題まで表出する。一言足すだけで、双方の「はい」のすれ違いが構造的に起きなくなります。

ポイント:否定疑問文の応答処理は「単語の変換」ではなく「前提の交通整理」。質問は肯定形に開き、答えは命題で返す──この2つで、同意型と極性型のどちらの相手とでも行き違いのないやりとりが作れます。

6. まとめ

日本語の「はい/いいえ」は相手の前提への同意を表す同意型、英語の Yes/No は自分の答えの極性に付く極性型。同じ「はい/Yes」でも指すものが逆になり得ます。

この違いは言語学の類型研究で裏づけられており、日本語・中国語・広東語は同意型、英語は極性型に分類されます(混合的な言語もあります)。

手話のうなずき・首振りにも前提のズレの余地は残るため、命題の再表出が明確さの鍵になります。

通訳の定石は「質問は肯定形に開く」「答えは命題で返す」。「はい/いいえ」そのものを訳そうとしないことが、いちばんの事故防止です。

最後にひとつ。ここでの整理や表現例は、あくまで一つの考え方です。手話の表現には地域差・個人差があり、応答のしかたも場面や相手によって変わります。「うちではこう表す」「この整理は違うのでは」──ご意見や別の表現のアイデアがあれば、ぜひお問い合わせフォームからお寄せください(記事名は自動で入力されます)。

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主な参考資料

  • González-Fuente, S., Tubau, S., Espinal, M. T., & Prieto, P. (2015). “Is there a universal answering strategy for rejecting negative propositions?” Frontiers in Psychology, 6:899(frontiersin.org
  • 平出昌嗣「英語と日本語における否定」『千葉大学教育学部研究紀要』第68巻、2020年(PDF
  • 渡邉真「『はい』と『いいえ』の一考察」『言葉と文化』第18号、名古屋大学大学院国際言語文化研究科(PDF
  • 冨樫義博『HUNTER×HUNTER』第39巻(集英社、2026年)第407話(集英社公式)──本文中の場面紹介は出所明示のうえでの引用・言及です。

※手話の表現には地域差・個人差があります。本文の手話表記は説明のための一例であり、実際の表出は文脈・相手・NMMの組み合わせによって変わります。