手話通訳には、確認場面の定石としてよく知られた処理があります。「この内容でまちがいないですか?」を、そのまま表さずに「あっていますか?」「正しいですか?」のように肯定形に変えて表出する、というものです。窓口や病院で毎日のように出てくる、あの言い回しの話です。

結論から言えば、これは理にかなった処理です。ただ、あらためて考えてみると素朴な疑問も湧いてきます。そもそも「まちがいないですか?」は二重否定なのでしょうか。なぜ肯定形に開くと読み取りやすくなるのでしょうか。今回は、この定石がなぜ有効なのかを、日本語文法と手話言語学の両面からほどいてみます。あわせて、本物の二重否定──「行かないわけではない」のような表現──をどう訳すか、という応用編まで。手話通訳を学んでいるみなさん、通訳者のみなさん、そして手話に関心のあるみなさんに向けて書きました。

1. 「肯定形に変える」という定石

窓口や病院、申請手続きの場面を思い浮かべてください。職員が書類を指して「この内容でまちがいないですか?」と確認する──通訳の現場では一日に何度も出会うやりとりです。

このとき、定石とされているのが、「まちがいないですか?」を「あっていますか?」と肯定の形に開いて表出するというやり方です。理由はシンプルで、否定のことば(〜ない)と疑問が重なった文は、見ている側に「間違いがないことを確認しているのか、それとも間違っているんじゃないかと疑っているのか」という余計な処理を強いることがあるから。確認したい中身は「内容が合っているかどうか」なのだから、はじめから「合っている?」と聞けば、迷いの入り込む余地がありません。

定石:否定+疑問の確認文は、聞きたい中身(命題)を肯定形に開いて表出する。「まちがいないですか?」→「あっていますか?」。これは読み取りの負荷を下げる、理にかなった処理です。

2. 「まちがいないですか?」は二重否定なのか

さて、この処理は「二重否定を避けるため」と説明されることがあります。では、「まちがいないですか?」は本当に二重否定なのでしょうか。文法用語を少しだけ整理してみます。

文法でいう二重否定とは、否定を2回重ねることで結果として肯定の意味を表す語法のこと。辞書(デジタル大辞泉)には「否定語を二度重ねることで、肯定の意味を強調したり婉曲に表現する語法。『行かないわけではない』の類」とあります。「なくはない」「できないことはない」のように、否定 × 否定 =(弱い)肯定という掛け算が起きているのがポイントです。

いっぽう「まちがいないですか?」を分解すると、否定は「ない」の1回だけ。そこに疑問の「ですか」が付いた形で、文法的には二重否定ではなく否定疑問文(否定の形を含む疑問文)に分類されます。

とはいえ、「二重」と呼びたくなる感覚には実体があります。この文では、「否定」と「疑問」という2つの反転操作が二重にかかって、読み取りの処理負荷が上がるからです。実際、否定疑問文は日本語の母語話者同士でも厄介な代物で、「はい/いいえ」の答えがどちらの意味にもなり得ることは、日本語学の研究でも繰り返し指摘されています。「寒くないですか?」に「はい」と答えたとき、それが「はい、寒くないです」なのか「はい、寒いです」なのか──相手の前提をどう読むかで揺れるわけです。

整理すると──「まちがいないですか?」は、文法的には二重否定ではなく否定疑問文。ただし、否定と疑問という2つの反転が重なるぶん読み取りの処理負荷が高いのは事実で、だからこそ「肯定形に開く」処理が効く、というわけです。

3. 手話言語学から見ると──否定は「別の単語」で表れる

ここからが今回いちばん書きたかったところです。「読み取りにくいから肯定形に」という説明は、実はもとの日本語の文が抱える事情の話です。では、受け取る側の言語である手話から見ると、どうなっているのでしょうか。

表記について:この記事では、手話の単語(手指で表す語)を間違えるのような色付きラベルで表します。ラベルを「+」でつないだ並びが手話の表出順です。また、手の動きと同時に乗せる表情・首の動きなどは疑問の表情のような点線ラベルで区別します(図の中ではスペースの都合で/間違える/のようにスラッシュ表記を使います)。また手話では、手の動きと同時に表れる口の形(口型)・表情・首の動きなどが文法の役割を担っており、これらはNMM(非手指標識)と呼ばれます(略語はタップ/マウスオンで説明が出ます)。

日本手話では、否定は日本語の「〜ない」のような語尾変化ではなく、否定を担う独立した語彙と、首振りなどのNMMの組み合わせで表されます。そして興味深いことに、「まちがいないですか?」をめぐって日本語で混線しかけた2つの意味は、日本手話では表出の時点で別々の表現になります。

  • 意味①「間違いはない(=合っている)」の系統──間違えるない。「ない」は打ち消しを担う手話単語で、存在や事態の否定を表します。
  • 意味②「間違ってるんじゃない?(=違うのでは)」の系統──間違い違う。「そうではない」という否認・訂正を表す表現です。この違うには両手で表す形と片手で表す形があり、片手の違うLハンド(指文字の「れ」に近い手形)で、人差し指の指先を正面やや斜め上に向けて手首をひねる動作。そこに、唇をはじくような口の形──口型「ペッ」──が同時に付きます。日本手話には「パ(完了)」「ピ」「プ(不要)」など、パ行の音のように見える口型のグループがあることが知られており(バイリンガル・バイカルチュラルろう教育センターの解説)、この「ペッ」もその仲間です。

なお、日本語の「まちがいないですか?」がどちらの意味で発せられたかは、言い方・抑揚や前後の会話の流れで決まります。書類を指しての確認のように意図が明確な場面なら意味①として処理すればよいのですが、文脈が薄いと迷いが生じ得る──ここが、次の図の話につながります。

日本語「まちがいないですか?」 ──意味が2つに分かれ得る 意味①「間違いはない?」 /間違える/+/ない/ 打ち消しの手話単語+疑問の表情 (NMM:眉の動き・首かしげ) 意味②「間違ってるんじゃない?」 /間違い/+/違う/ 否認の手話単語+口型「ペッ」 (唇をはじくような口の形) 手話では表出の時点で「別の単語」に分かれる → 日本語で起きる混線は、そもそも起きにくい
日本語では1つの文に2つの意味が同居し得るが、日本手話では否定の担い手が語彙レベルで分かれる(表記・口型は本文の説明を参照)

つまり、日本手話として自然に表出するかぎり、否定の担い手が語彙レベルで分かれているため、日本語の「まちがいないですか?」で生じるような曖昧さは、そもそも起きにくいのです。

ちなみに、意味①(確認)の表出には複数の選択肢があります。間違えるない疑問の表情のほか、間違えるない合ってる?間違えるない質問、あるいは最初から正しい疑問の表情(「正しいですか?」)、合う疑問の表情(「あってますか?」)と肯定形で開いてしまう形。場面や相手に合わせて選べるよう、引き出しをいくつか持っておくと安心です。

では、いつ曖昧になるのか。それは、音声日本語の語順を一語ずつなぞるような表出──いわゆる日本語対応手話的な表し方──をしたときです。「間違い」「ない」「ですか」を順番に手指に置き換えていくと、日本語の構造ごと曖昧さが持ち込まれ、見ている側は日本語の文を頭の中で復元しながら読み解くことになります。「肯定形に変換せよ」という定石が効くのは、まさにこの場面です。変換は単なる読みやすさの工夫ではなく、日本語の構造から離れて、手話の側の自然な表現に乗せ直すための入り口なのだと考えると、この定石の位置づけがすっきり見えてきます。

視点の転換:「否定疑問文は読み取りにくいから避ける」は日本語側の説明。手話側から見れば「日本手話には日本手話の否定の仕組みがあり、そちらに乗せれば曖昧さは消える」。定石の本質は目標言語(手話)の文法で考えることにあります。

4. 本当の二重否定は、どう訳す?

それでは、文法書どおりの意味での二重否定──否定 × 否定で肯定に転じる表現──が実際に出てきたら、どう処理すればよいのでしょうか。まず、代表的な表現を並べてみます。

表現字義どおりの意味含まれるニュアンス
行かないわけではない行く(可能性がある)積極的ではない。条件つき・気乗り薄の含み
できないことはないできる「一応は」。楽ではない、条件がつくかもしれない
なくはないある少しはある。多くはない
知らなくもない知っている多少は。深くは知らない・認めたくない含み
会わないとは言っていない会う可能性がある約束はしていない。含みを残した保留

共通しているのは、意味は肯定に戻るのに、確信度が下がり、含みが残るという語用論的な効果です。「行かないわけではない」と言う人は、「行く」と言い切る人よりも明らかに及び腰です。辞書が二重否定を「肯定の強調または婉曲」と説明するとおり、日本語の二重否定は多くの場合、この婉曲──ためらい・留保・遠回し──のほうを担っています。

だからこそ、訳出には二段階の処理が要ります。

  1. 命題は肯定に開く──「行かないわけではない」なら、まず行くできるのように、肯定+可能の表現に組み立て直します。行くできるためらいの表情、と組んでから「けど…」の間を残す形も自然です。単語選びの注意をひとつ──「〜かもしれない」の意味を担うのはできるです。日本語の「可能性」という字面につられて別の単語を選ぶと、想像と同義の表現になり意味がズレます。否定を2つ重ねて表出しようとすると、見ている側に日本語と同じ掛け算を強いることになる、という点も忘れずに。
  2. 下がった確信度を、NMMで乗せ直す──ためらいがちな表情、首のかしげ、動きの強弱や間。手話では、この「言い切らなさ」こそ非手指の表現が得意とするところです。

組み立ての例をいくつか挙げると──「行かないわけではない」は行く構わない「いいよ」の表情でも表せます。「できないことはない」はできる首かしげ渋い表情。「なくはない」はあるゆっくり小さく表出し、首かしげを添える。いずれも、命題(肯定)はしっかり出しつつ、勢いを削ることで「言い切っていない」ことを伝える組み立てです。

逆にいちばん危ないのは、意味だけを取って「行く」と言い切りで訳してしまうこと。命題としては正しくても、話し手がわざわざ二重否定でくるんだ「積極的ではない」という態度が消えてしまい、聞き手の受け取る温度が変わってしまいます。二重否定の訳出の難しさは、否定の掛け算を解くことではなく、解いたあとに残る「含み」を運ぶことにあるわけです。

訳出のコツ:二重否定は「肯定+程度表現」に開き、確信度の低さは表情・首・動きの質(NMM)で表す。命題と態度を分けて運ぶ、と覚えておくと応用が利きます。

5. まとめ──定石の「なぜ」を知っておく

最後に、今回の話を整理します。

「まちがいないですか?」→「あっていますか?」の肯定形変換は、読み取りの負荷を下げる正しい定石

ただし文法的には、この文は二重否定ではなく否定疑問文。否定と疑問という2つの反転が二重にかかるため、読み取りの処理負荷が高いのは事実です。

手話言語学の視点では、日本手話は否定の担い手が語彙レベルで分かれるない違う+口型「ペッ」)ため、曖昧さはそもそも起きにくい。曖昧になるのは日本語の語順をなぞったとき。定石の本質は「手話の文法で考える」ことにあります。

本物の二重否定(行かないわけではない 等)は、肯定+程度表現に開き、含み・確信度の低さはNMMで乗せる。言い切りで訳すと強すぎる。

定石は、理由を知らなくても使えます。でも「なぜそうするのか」を文法と手話言語学の両面から一度ほどいておくと、講座で習った形がそのまま出てこない場面──初めて出会う否定表現、微妙な含みを持つ言い回し──でも、自分で処理を組み立てられるようになります。この記事が、みなさんの「定石の引き出し」を少し深くする手がかりになればうれしいです。

最後にひとつ。ここで挙げた整理や表現例は、あくまで一つの考え方です。手話の表現には地域差・個人差があり、別の視点からの整理もあり得ます。「うちの地域ではこう表す」「この整理はちょっと違うのでは」──そんなご意見・別の表現のアイデアがあれば、ぜひお問い合わせフォームからお寄せください(記事名は自動で入力されます)。記事は、みなさんの現場の知恵で育てていけたらと思っています。

手話通訳の「働く環境」も知る

全国の市区町村の手話通訳報酬は、地図から確認できます。

手話通訳報酬マップを見る →

主な参考資料

  • 「二重否定」の定義:デジタル大辞泉・精選版 日本国語大辞典(コトバンク
  • 松岡和美『日本手話で学ぶ手話言語学の基礎』くろしお出版、2015年(CiNii 図書
  • 松岡和美(研究代表)「手話言語の文法における『非手指的要素』の意味的・統語的性質の研究」科研費研究成果報告書(慶應義塾大学学術情報リポジトリ
  • 「日本手話の口型」バイリンガル・バイカルチュラルろう教育センター(bbed.org
  • 渡邉真「『はい』と『いいえ』の一考察」『言葉と文化』第18号、名古屋大学大学院国際言語文化研究科(PDF

※手話の表現には地域差・個人差があります。本文の手話表記は説明のための一例であり、実際の表出は文脈・相手・NMMの組み合わせによって変わります。